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吃音基礎知識 

タイトル:吃音基礎知識
担当者:伊藤 伸二
参加者:22名(うち初参加者5名)

この日は、大阪吃音教室に取材のカメラが入いりました。川村さんという名の、自らも苦労した吃音のことを啓発するテレビ番組を制作している若い男性が、東京から大阪吃音教室を取材するために来阪されたのです。
この日の例会は、伊藤が川村さんを紹介し、取材の説明をするところから始まりました。
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この日の取材のために伊藤が用意したのは、「人が生きることの基本設定としての吃音」というテーマです。
歴史上、はるか昔から存在が知られている吃音は、人がともに生きるものとして基本設定されている、それを治そう、否定しようとするところに無理が生まれ、苦悩が生まれる、というのが伊藤の発想で、最近、機会があるたびに文章に書き、人に話していることです。

この日は、伊藤自身をはじめ、大阪吃音教室の常連メンバーが、さまざまな角度から自分たちの体験を振り返り、「基本設定を崩そうとして、どんな無理がはね返って来たか」「自分のどもりを認め、現状を肯定的に見直してどれだけ楽になったか」を語り合いました。


この日話題になったさまざまなエピソードのうち、ここでは、昨年6月の吃音者世界大会(オランダ大会)の会場で、伊藤と長時間話し合った、イギリスの作家デイヴィッド・ミッチェルさん[※]の体験談を紹介します。

若い頃のミッチェルさんは、自らのうちにあるどもりと戦い続けました。
自分がどもりを憎み、戦えば戦うほど、どもりも自分を憎み返し、攻撃して来て内戦状態になりました。
このままでは自分が壊れていくと感じ、戦いに絶望したミッチェルさんはあるとき、自分自身の一部であるどもりと戦うことをやめ、折り合おうと決心します。
「どもりさん、君は居ていいよ」と。
すると、「どもりさん」の方も、「お前も居ていいよ」と、語り掛けて来たそうです。


伊藤によると、ミッチェルさんはそのときのことを、こんな風にも話したそうです。
自分のDNAに組み込まれているどもりと戦うのを、もうやめようと思った
ミッチェルさんが使ったDNAということばは、伊藤の言う「基本設定」と似た意味ではないでしょうか。

※デイヴィッド・ミッチェル(David Mitchel):イギリス出身、アイルランド在住の小説家。日本の広島で英語講師として8年過ごした経験を持ち、日本語を話すことができます。奥さんは日本人です。2012年に世界中で大ヒットした映画『クラウドアトラス』の原作"Cloud Atlas"(2004年出版)は、ミリオンセラーになりました。2006年に出版した、吃音を持つ少年を主人公とする自伝的小説"Black Swan Green"は、イギリスの言語療法の教育課程の教材として広く使われています。

※※ここで紹介したデイヴィッド・ミッチェルさんの吃音を巡る体験談は、オランダ大会でミッチェルさん自身が伊藤に語った内容が元になっています。
同じ内容を別の角度からまとめたものが、ご本人の寄稿の日本語訳として、日本吃音臨床研究会機関紙『スタタリングナウ』2013年10月号に掲載されています。
問合せ先:日本吃音臨床研究会


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by osp_blog | 2014-04-18 00:00 | 例会報告

開講式 

2014.04.11(金)
タイトル:開講式
参加者:22人(初参加者なし)

4月11日、2014年度の大阪吃音教室を開講しました。開講式には珍しく、初参加の方がおられませんでした。
そこで、以前から伊藤伸二が深い関心を寄せ、「吃音とともにどう生きるか」を考える大きなヒントとなる仏教思想について、じっくり話し合う機会にしました。
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まず、今春から行信教校(ぎょうしんきょうこう=浄土真宗本願寺派の僧侶、教師を育成する専門学校)に通い始めた村田朝雅が、仏教思想、中でも法然、親鸞の「他力本願」の思想を概説しました。
それを受けて伊藤が、法然の「難行」(なんぎょう)と「易行」(いぎょう)についての考え方を解説し、どもりの課題とのつながりについて、伊藤が日頃考えていることを語りました。

「どもりを治す」というのは、吃音専門の臨床家も難しいと表明し、長期間単調な訓練を続けても達成できるかどうか分からない「難行」です。
それに比べて、自分がどもることを「しかたない」と認め、「どもりのままで日常を生きる」ことは、どもる人が誰でもその気になりさえすればできる「易行」です。
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もともと、仏教徒には「難行」がつきものでした。
長期間、つらい修行を続けるのが当たり前と考えられていました。
法然は、それではごく一部の仏教徒しか救われないので、信心を持つ人なら誰でも救われる方法を考えに考え、「ただただ念仏を唱える」という「易行」に思い至ったのでした。

今、「どもりは治さないといけない」という固定観念を持つ人が多いのは、仏教思想の流れに置き換えると、「難行苦行を積んだものだけが救われる」とほとんどの仏教徒が考えていいた頃に対応するのではないでしょうか。
どもる人の多くが「易行」に勤しみ、日常生活を楽に豊かに生きる日々が少しでも早く来るよう、2014年度も大阪吃音教室の活動を活発にし、広めて行きたいと再認識した、そんな開講式でした。
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by osp_blog | 2014-04-11 00:00 | 例会報告