我々の仲間の朝日新聞への寄稿 

我々の仲間、掛田力哉が、朝日新聞の「私の視点」に投稿し、採用されて2014年3月10日の朝刊に掲載されました。
その中で掛田は、どもる人はどもりながら、言うべきことを自分の言葉で誠実に語ることで、不便さを持ちながらも、自分らしく生きることができると、また、吃音は豊かに生きるためのテーマとなり得ると書いています。

朝日新聞のWebサイトに掲載されている投稿をご紹介します。
(続きは「More」をクリックして下さい。)




・朝日新聞 公式Webサイト(朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/articles/DA3S11020768.html

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2014年3月10日05時00分

(私の視点)吃音への理解 「劣ったもの」ではない 掛田力哉

私は教員の仕事の傍ら、どもる人の自助グループ「大阪吃音(きつおん)教室」や「吃音親子サマーキャンプ」の運営に携わっている。

 吃音を苦に若者が自殺したとする1月28日付朝日新聞の記事に反響が続いた。多くが「吃音が社会に理解されること」が緊急の課題と論じており、それは私も同感である。

 しかしながら、記事や投書で見られた「言い終わるまで待ってあげてほしい」「生徒の心理に配慮し、無理に読ませたり言わせたりしない」という指摘は、真の意味での理解とは言えないのではないか。むしろ、どもる私たちへの無用の配慮や偏見を生むのではないかと危惧している。

 どもる人は、どの言語圏にも人口の1%程度。言葉を発しようとする時に声が思い通りに出ない不便さを抱えながら、日々の会話や仕事に向き合う人は世界中にいるのだ。

 ただ、その思いは千差万別である。声が出ない時、言い終わるまで「待ってほしい」人もいれば、そうではない人もいる。人前が苦手な人もいれば人前でしゃべりたい人もいる。中途半端な知識による「配慮」ではなく、一人ひとり違う人間として、どもる人とどもらない人が率直に対話できる関係を作りたい。

 「スラスラと流暢(りゅうちょう)に話すこと」こそが優れた言語コミュニケーション能力である、というのは誤解の域を全く出ていないとも思う。就職や進学の面接、スピーチ、商談、プロポーズ――。真剣勝負の場で、どもりながら臨んできた私たちが知り得たのは、ぎこちなく訥々(とつとつ)とでも、相手への想像力を働かせながら自身の学びや経験、夢や希望を率直に語るとき、多くの人は耳を傾けてくれるという事実だ。

 吃音の最も深刻な問題は「どもること」そのものではない。吃音を「悪く劣ったもの」と捉え、どもることを恐れ、様々な行動を回避する否定的な思考、行動、感情にこそ問題の根がある。吃音を治す方法はないが、こういった思考や行動を客観的に見つめ、変えるための学びや方法はたくさんあるのだ。

 まず、どもる自分を認める。「できれば、どもりたくない」「恥ずかしい」という思いを持つことがあっても、言いたいこと、言うべきことは自分の言葉で誠実に語る。不便さを持ちながらも、自分らしく生きようと学び続ける私たちの活動の輪には、どもらない多くの人も何かを感じ、次々と加わってくれている。吃音は豊かに生きるためのテーマとなり得るのだ。今こそ多くの人に吃音の世界への興味を持ってほしい。

 (かけたりきや 大阪府立支援学校教員)



時間軸は逆になりますが、掛田がこのような投稿をする大きな要因になった、1月28日の朝日新聞朝刊記事を、参考資料として掲載します。
昨年7月、北海道で看護師の男性が吃音を苦にして自殺し、北海道新聞がその後長期にわたって紙面で取り上げました。
朝日の記事は、吃音を知らない読者を想定して、その説明から始め、北海道の事件を紹介し、どもる人への社会的な配慮や支援を呼び掛けています。

・朝日新聞 公式Webサイト(朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/articles/ASG1K6TXMG1KUTIL168.html

※上の行はリンク切れになる可能性がありますので、下記に全文をコピーします。

=====参考資料、朝日新聞2014.01.28掲載記事 ここから=====
2014年1月28日05時28分
伝えられぬ苦しみ「吃音」 就職4カ月、命絶った34歳

言葉が出にくかったり、同じ音を繰り返したりする吃音(きつおん)のある男性(当時34)が昨年、札幌市の自宅で自ら命を絶った。職場で吃音が理解されないことを悩んでいたという。自ら望んだ看護師の職に就いて4カ月足らずだった。100人に1人とされる吃音の人を、どう支えればいいのか。学会が創設され、議論が始まっている。

 男性は昨年3月に看護学校を卒業し、札幌市内の病院で働き始めた。

 幼いころから吃音で、話し始める時に言葉がなかなか出てこない「難発」と呼ばれる症状があった。「ん……」と無言が続き、足踏みを繰り返すなどの「随伴(ずいはん)症状」もあった。緊張すると症状はよりひどくなった。

 家族によると、男性は病院で吃音が理解されずに苦しんでいたという。男性は自己紹介の用紙に自分の症状について書き、職場で理解してもらおうとしていた。「大声を出されると萎縮してしまう」「話そうとしているときにせかされると、言葉が出なくなる」

 だが、伝わらなかった。男性が残した手帳には、追い詰められていく様子が書き込まれている。「どもるだけじゃない。言葉が足りない。適性がない」「全てを伝えなければいけないのに、自分にはできない」。その字は、次第に乱れていく。親友には「続けられないかもしれない」とメールを送っていた。

 昨年7月末、病院からの連絡で母が駆けつけると、男性は自宅で死亡していた。携帯電話には家族宛ての未送信メールが残っていた。「相談もせずに申し訳ありません。誰も恨まないでください。もう疲れました……」。後になって、男性が昨年6月ごろからパソコンで「吃音と薬」「新人看護師と死」などを検索していたことも分かった。

 吃音に悩んでいた男性がなぜ、話すことが求められる看護師を目指したのか。

 姉は「話すことは好きだったし、人の役に立ちたいという思いが強かった」。

 母は「息子のような悲劇を繰り返さないためにも、吃音者を理解し、受け入れる社会になってほしい」と話している。

 ■見えにくい障害、支援を模索

 吃音で悩む人は少なくないのに、吃音を中心テーマとする学会はなかったが、昨年9月、日本吃音・流暢(りゅうちょう)性障害学会が発足した。

 金沢市で開かれた第1回学会には、吃音のある当事者や言語聴覚士、研究者ら200人が集まった。学術的な研究だけではなく、就職活動での配慮など社会的な支援のありかたについても話し合った。

 発起人の一人で副理事長の、川合紀宗・広島大教育学部教授(音声言語病理学)によると、吃音の原因は分かっていない。3歳前後で症状が出ることが多く、7割程度は自然に治るという。心理面からアプローチする方法などが提案されているが、決定的な治療法はない。また、吃音は見えにくい障害のため、本人や周囲がなかなか受け入れられないのも特徴だ。

 成長してからは、就職活動が大きな壁になる。コミュニケーション能力が重視され、面接が重ねられる今の選考方法では、力を発揮できないまま「全滅」する人も多いという。

 吃音についての認知が進まない中で、まずは障害として認められる必要があるとして、障害者手帳の取得を目指す動きもある。

 自助グループ・NPO全国言友会連絡協議会理事長の南孝輔さんは「職場に吃音の人がいたら、言いたいことを言い終わるまで待ってあげてほしい」と話す。

 ■思いの丈「漫画なら…」

 男性の本棚には吃音のある高校生を描いた漫画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」があった。

 主人公の志乃ちゃんは高校1年生。自己紹介でどもってしまう。母音が苦手。すべて作者の押見修造さん(32)が経験したことだ。

 大学1年の春、クラスで自己紹介の順番が回ってきた。押見の「お」が言えなかった。教室に入れなくなり、その後中退。押見さんは「吃音がなければ、漫画家になっていなかったかもしれない。思いの丈をしゃべってはき出した経験がない。もやもやしたものが、漫画や文章だと出せる」。

 男性は仲間に教えられて、押見さんの作品を購入したようだ。

 押見さんは男性の気持ちを思いやる。「吃音から逃げちゃだめだ、という思いがあったのでは。気持ちはよくわかる。僕自身も、漫画家になれなかったらと想像すると怖い。何とか折り合いをつけているんです」(岩波精)

=====参考資料、朝日新聞2014.01.28掲載記事 ここまで=====

朝日に掲載されたのは、このような記事でした。
再度、掛田の主張に目を通して頂ければ幸いです。

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by osp_blog | 2014-03-12 20:55 | others

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