観劇記「こんなに笑ってよかったの?」 

こんなに笑ってよかったの?
 ~劇団「黒テント」の『ど』大阪公演を観て~ (西田 逸夫)

◆とにかく詳しい、吃音描写
 『ど』を観て私が唸ったのは、とにかく詳しい吃音描写である。
 例を挙げれば、登場人物の一人が、食堂でカレーライスを注文できずに苦吟する場面がある。彼は代りに、詰ることなく注文できる料理はないかと、メニューをすみからすみまで眺め回す。
 人は誰でも、メニューを前にして何を食べるか決めていない、ということはある。でも、食べたいものがハッキリ決まっていて、と言うよりハッキリ決まっているので却って、自分が何を食べることになるか分からない、というややこしい事情は、吃音独特のものだ。
 この劇では、出演者の迫真の吃音演技は言うまでもなく、随所で語られる詳しい解説によって、吃音のこんな入り組んだややこしさが、観客に分かりやすく示される。




 詳しい解説と言うと、何だか芝居を観て「お勉強」をさせられると誤解を受けるかも知れない。そんなことはない。解説は巧みに台詞に織り込まれているので、それに出演者の台詞まわしのテンポがいいので、ごく自然に観客に伝わって行く。
 食堂での注文の場面に限らず、電話の場面、窓口で駅名を言って切符を買う場面、立ち並ぶ家を戸別訪問する場面などなど、多くの吃音者にはおなじみで、でもそうでない人にはなかなか分かってもらえないような場面が、小気味良く描きつくされている。こうした場面で長年誤解を受け続けてきた身としては、溜飲が下がる思いがした。

◆どもりが観て、愉快な芝居
 『ど』を公演するに当り、黒テントの脚本・演出担当者は心配したと聞く。「吃る人が観て、不愉快に思うのではないか」と。心配はご無用。大阪吃音教室から観劇に行った仲間8人は、時に激しくうなずき、時に哄笑し、大いに楽しんだ。
 200人以上は入っていただろうか。当日、満席の会場を冷静に観察していた仲間は、劇を観て声高に笑っていたのはほとんど我々だけで、それに比べて他の客席はずっと静かだったと言う。笑うにしても、我々とは笑うポイントがずれていることが多かったそうだ。
 思うに、そりゃ笑いどころ満載の芝居だから、吃音でない人にも楽しめたろう。役者のしぐさや台詞の応酬が面白くて、笑ったりもしただろう。

 でも、『ど』の面白さの核は、何と言っても吃音描写にある。
 場面が動き、登場人物が次の演技を始めるとすぐに、我々どもりには事情がのみ込める。解説を聞いて事情を理解した一般の観客が笑い出すずっと前に、劇の面白さをリアルタイムで、はるかに深く味わえる。それに、吃音を持たない人がどもりの失敗や悲哀を笑い飛ばすのは、やはり遠慮やためらいがついて回る。その点、我々なら、おかしいところで笑うのに、何の遠慮もいらない。

 『ど』は、「どもりが観て、不愉快に思う」どころか、「どもりが観てこそ、愉快に思う」芝居だったのである。


※劇団「黒テント」第55回公演『ど』 2006.05.31@大阪・精華小劇場(なんば精華小学校跡地)
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by osp_blog | 2006-05-31 00:00 | その他イベント

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